川田亜子さんの報道を知って
私、この方のことをあまり詳しくは知りません。確か、いつかテレビで観たことがあったかなって程度で。
けど、生きててほしかったなって思います。これまでたくさんの番組に携わってこられて、フリーアナウンサーになってからもいくつかの番組に出演なさってたということはやはり必要とされていた方だったんでしょうから。
もちろんご本人の直接の言葉を聞いたことはないので、あくまで私個人の想像の範囲で述べさせていただきますが。
これが、鬱の怖さです。
本人(とその周りの人々)が“鬱”という存在を認識できなかったことの怖さです。
ニュースのこの記事を読むだけでも、鬱を連想させる彼女の発言が各所にちりばめられています。
以下は、記事で紹介されていた川田さんのブログの内容の転載です。
「母の日に私は悪魔になってしまいました。産んでくれた母に、生きている意味を聞いてしまいました。母の涙が、私の涙がとまりません。母の涙が耳の奥で響いているのです」
「元気になるまで、皆さんとこうしてお話をするのを休憩させていただきます」
「うーん 体がまだ元気!といかないようです」
「少し体調が悪い私ですが、ちゃんと頑張って生きています」
「一番苦痛であります。昔は本を読んだりお茶をしたり、ぽーとしたり。楽しかったのに…今はせつないです。豪華なホテルのロビーで優雅に幸せそうにしている方々を眺めながら、移りゆく景色に胸がきゅーとしめつけられます」
最期に、遺書には家族への感謝と共に書かれた「疲れた」の言葉。
こうなってしまう前にはたくさんのシグナルがあって、川田さんはそれを何度か外に向かって発信できていた。
どんな些細な疑問でもよかったから、「ちょっと変だな?」って感じてあげて、川田さんの肩を叩いてあげる人がいなかったんだろうか。
気付かなかった周りだけが悪いわけではない。本人にも、この最悪の結果を避けられるチャンスがあったかもしれませんでした。
理由の無い憂鬱。突如湧き上がる、生きていくことへの疑問。長引く体調不良。これらは、立派な“鬱”としての症状なのですから。
ほんのわずか、もう少しだけその知識と自覚があれば・・・。
この記事を読んで、私は本当に残念でなりませんでした。
起こってしまった結果を覆すことなどできないと分かっていながらも、「もしかしたら、この人は死ななくても済んだかもしれないんじゃないだろうか」と感じずにはいられなくて。
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私の場合、1年近くの間、いわゆる“鬱”の症状がありました。それを“鬱”なのだろうとも分かっていました。
けれど、いざ病院に行って「あなたは鬱病です」という枠をあてがわれるのがなんとなく嫌だったので、「自分で治そう!」という名目でそのままにしてきました。
しかし、発症するきっかけになったとある出来事からちょうど1年経ったタイミングで、大きな鬱症状を起こしました。
その時に初めて、自分が1年前から実は進歩していなかったという現状を目の当たりにしたんです。
そして当時(今もですが)、会社の同僚で絶対の信頼をおいていたこてつ(何度かここにも書いてきた人です。カテゴリー『大切なひと』にまとまって載っています)へ相談した時に言われた言葉を、私は一生忘れないでしょう。
「自分でどうしようもないなら、これは病気なんだって認めた上で医者に『治してください』っつって診てもらえばいいだろ?相手は医者なんだから治してもらえ!大丈夫だ、絶対治るから。」
それが『病気』であるならば、世の中に認められた『病気』であるならば、それを治せる人も治す薬も存在するということ。
漠然と感じていた「鬱病」という単語への暗い印象のせいで、そんな簡単なことにも気が付かずにいた。いつもこてつに言われてきましたが、ホントに私はバカだったんですねー。
ちょうど、今から半年前くらいの話です。
今、私はピークから無事抜けられました。鬱病ではなくて抑うつ神経症(気分変調症)程度だろうとのこと。
時々結構深く落ちることもありますが、その時用に薬も持ってるし、何よりそれが“鬱”だという自覚があるので一応適切に対処できている・・・と自分では思っています(笑)
もっともっと、世間に広く“鬱”という身近な存在のことが認知されていきますように。
本当にそう願ってやみません。
川田亜子さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
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